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寝言

僕はかつておじさんと住んでいた。

親戚ではなく、バイト先の常連のおじさんである。

おじさんが店に来る回数は僕のシフトよりも多かった。

おじさんはいつもカウンターでシークワーサーサワーを飲みながら煙草を燻らせ、ご機嫌な調子でみんなの会話の懸け橋になっていた。


後輩と住んでいたアパートがその年の冬に取り壊されることが決まったのだ。


すっかりこのバイト先の居心地もよくなっていて、ここを辞めて別の土地に引っ越すのは寂しかった。


そんなことをカウンター越しに話していたら、


「じゃあうち住むか?」


とおじさんが言った。


「うちベッド2つあるから」


おじさんの家に到着するとたしかにベッドが2つあった。

だが六畳ほどのスペースにベッドが2つあるので、「ベッドしかない」という方が正確だろう。


僕は最低限の衣類と共におじさん家のシングルベッドに入居した。


おじさんはよくいびきをかき、よく寝言を言った。


午前2時くらいに帰宅し、4時くらいに寝る夜型生活を送っていた僕はおじさんの寝言を詳細に楽しむことが出来た。


「まぁそういうことだよね」


おじさんは夢の中で会話をしているのか寝言で相槌を打った。

驚くのはそれがむにゃむにゃとしたものではなく、普通に飲んでいる時と同じような活舌の明瞭さとボリュームとテンションなのだ。現実と紛うほど正確な夢を見ているらしい。


「はっはっはっは」


おじさんは寝言で笑う。寝笑だ。

こんなに起きている時と変わらない反応をしながら身体は休まっているのかが気になった。


「10日で10人!?」


寝ているおじさんが勢いよく叫んだ。

一体なにが10日で10人なのだろうか。

おじさんから発せられる断片的なセリフは余白が多い。

いったい誰が、どんな話の流れで「10日で10人」という言葉を発したのか。想像していると僕はますます眠れなくなった。


つけっぱなしのテレビの点滅が小さなテーブルの上の缶チューハイのロング缶を照らしている。


“好きな言葉は約束です”

“好きな言葉は感動です”


清潔感のある白衣を着た男性がカメラ目線で語りかけるCMが流れた。


“患者数59万3314という実績”


とナレーションが入ったとき、


「そんないんのかお前んとこ!」


とおじさんがツッコんだ。


もう起きてるんじゃないか。


そう思っておじさんのベッドをのぞき込むと、すでにいびきをかいていた。


おじさんのレム睡眠とノンレム睡眠の切り換えの速さにフッと鼻から笑いが漏れ、体の力が抜けて眠くなった。


遮光カーテンの隙間から青白い光が入ってくるのを感じながら僕は目を瞑った。


*


「あ、もしもし」


おじさんの声で目が覚めた。

まだ重いまぶたを少しずつ開け、ぼやけた視界が次第に鮮明になると、おじさんがベッドの上で正座をしながら電話をしているのが見えた。


寝坊をしたのだとすぐにわかった。


「えー、いま向かってます」


向かっていない。

まだベッドの上だ。

嘘をつきながらも、電話ではまったく意味のない正座をしているのが可笑しく、一応反省はしているという事がかわいらしく思えた。


「あー、やっちまったよぉ」


とおじさんはシャワーに向かった。

おじさんはスキンヘッドだ。寝ぐせはない。

だが目を覚ますためのルーティーンなのか、遅刻とわかっていてもシャワーを浴びる必要があるらしかった。


窓の外を見ると雨だった。おじさんのシャワーの音と雨音が重なり、胎内にいるようなノイズに包まれながら僕はぼーっとしていた。


おじさんがシャワーから出てくると、


「雨か?」


と訊くので、


「うん」


と答えた。


おじさんは


「雨だと少しゆるくなるんだよな」


とつぶやき、また布団に入った。


「いったん清めてからのこれが気持ちいいんだ」


と言いながらおじさんは体を丸めた。


*


僕はこの10年でおじさんに、おそらく小さな村の年度予算くらいはご飯をご馳走になっている。


これから先、なにかの間違いで売れた時には、僕はおじさんに財布を持たせず、夜の下北沢に誘うのだ。


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