オレアナ

1月17日。シアター風姿花伝で ポウジュ 『オレアナ』を観た。執拗な、狂いそうな、もはや清々しいくらいの「わからない」というセリフに共感した。この世界のことも、演劇のこともまだまだわからないことだらけで、叫びたくなるその気持ちがとてもよくわかる。シーソーの安定は真ん中で平衡を保っている時ではなく、どちらか一方の端が地面についている時だ。安定して動かず、断言的にモノを言えるということは、もしかしたら何かに強烈に偏っているのかもしれない。両方の重さを同じにするとはなんと難しく力のいることか。対峙する二人を見ながらそんなことを思った。稲葉さんが当日パンフレットに書かれていた「私は戯曲を書かない演出者です」という名乗り方が好きだった。戯曲上の言葉を俳優と同じ距離で見つめ探る意思を感じ、その場で生まれることを尊重するからこそ俳優の集中力がやり取りに集約しているように感じた。2019年に「春のめざめ」に共に取り組み、来月「You Bury Me」で久々にご一緒する翻訳の一川さん。経験を経て、ちょっとだけパワーアップしたので(多分)観に来てくださいと謙虚なパワーアップ連絡もいただいていたので、パワーアップポイントの言語化を試みるのだけど、”身体が言いたがってる言葉”を探した翻訳に感じました。理論的で整頓された読み物としての翻訳ではなく、最終的に人間の身体を通すことを前提とした本能的で動物的な言葉たちになっていた気がする。言葉が身体を動かし、なおかつ動いた身体が言いたがっている言葉が次に置かれていることは俳優を大きく助けると思う。ということは、僕は来月一川さんの翻訳に大きく助けられながら演じるのだ。とても楽しみで心強い。ていうか、もう1本同時にやってるんでしょ?狂気です。カンパニーの皆さまと俳優のおふたりに拍手ですし、この企画を目撃できて本当によかったです。さてと、刺激もたくさんもらったので、台本と向かい合います。
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